May 29, 2007

三人のアンナが、いれかわり、たちかわり

最近、羽賀研二は梅宮アンナと熱愛していたという文章を読み、
わたしは初め、土屋アンナだと思った。下妻物語の。
羽賀め、若い娘を手玉に取りおって・・・と思ってみた。
でも、また改めて、数日後にもそのような内容の文章を読み、
わたしは今度は、荻野アンナだと思った。慶応大学の。
あ?あー、年上が好みか?と思った。
で、今日改めて調べて、梅宮辰夫の娘の梅宮アンナだと
いうことに気づいた。
三人の全く方向性の違うアンナがわたしの中でいれかわり、たちかわり。
わけがわからない。

昨夜は誕生日前夜だということもあり、一昨年に姉からいただいた、
アイスクリームメーカーでねりねりアイスをこしらえた。
後になって、ねむくてきもちわるい、なぜだ?なぜなんだ?と思ったら、
どうやらアイスに投入した生クリームしか思い当たるものがない。

ぺんてるが誕生日に、舌がぺろーんと垂れ下がるアリクイのぬいぐるみの
写真をくれた。う。と思った。ぺろーん。
うれしくないはずはなかろうでござろ。と思った。

角ちゃんから生物としてデビューした衝撃的記念日だねとメールをいただき、
そうか、デビューか!デビュー、デビュー。と思った。
たくさんの人がわたしの誕生日を忘れずにいてくれて、かつ、何かとても
やさしい言葉をかけてくれる、とてもうれしい。
うれしい気持ちと生クリームで胸がいっぱいだ。

投稿者 aikopa : 7:46 PM

May 27, 2007

大好きでもないものを大好きだと豪語する

昨日は久しぶりに服を買いに行った。
あまりにも散財してしまったせいか、頭のネジがぽりんぽりんとはずれ、
商品券が当たるというキャンペーンに応募する際に、クラブ・オン・カードの
クレジット機能があるものに変更を勧められたのだが、
いえ、わたしは今のこのカード(クレジット機能なし)が大好きなので!と
言ってしまう。すると、店員さんは笑いながら、
その大好きなカードに色々な特典がつきます
と返してきた。あちゃー。隣にいた姉も笑って、大好きっていうのはないだろう、
店員さんにサービスしちゃってると思ったよと言われ、ああ、わたしは
大失言の小さな家にぽつねんと取り残された。

投稿者 aikopa : 9:23 AM

May 22, 2007

デニッシュの風、そして、たわしはてんてこ舞い

ichigaya-kage.jpg

そろそろ自分はたわしなんじゃないかと思えてきた。
脳みそがたわし。シャカシャカ、洗面器を洗う。
ぺんてるで、てんてこ舞い。
もぐらたたきのもぐらになったような感覚。ん?じゃあ、わたしは
だれに叩かれているのだ?
出たり、入ったり、出たり、入ったりを繰り返しながら、アクサンの付かない
アルファベットの上をたりらりらんと踊る。たわしだ。まさにたわし。

で、最近はというと、東京ミッドタウンにおねいちゃんと行って来た。
値札さえ、見ることさえ許されないような気がしたさえ。さえさえ。
そんな値札ばかり見ていたら、すっかり疲れてしまった。
それで、さあ、お茶でも飲もうと、買って座ろうとしたら、
あ、ちょうど良かった!今、空いたとこみたい。と言って、
きれいなおねえさんに席を取られた。
人生、そんなものかもしれない。ちょっとたわしは、ぼんやりした。
屋外のベンチでぴゅうぴゅう風に吹かれながら、姉がチョコデニッシュを
頬張るのを眺める。デニッシュのかけらが風に巻き上げられて、ぴゅうっと飛んでいく。
チョコも、ぽるっと落ちる。
おねいちゃんの口のまわりに、チョコレートが大量についていた。
いつの間に、おい、おねいちゃんはこんなにかわいく
なっちまったんだあい。おい。と思った。

写真は、おねいちゃん家に続く道で撮った木の陰。ステーキだった。

投稿者 aikopa : 7:57 PM

May 16, 2007

忘却後に初めて読む

中学校の時の文集を読んだ。これは初めてだ。初めて読む。
なぜこんな気持ちになったのか分からないが、もうかなり忘れているので、
すごく面白い。
ユリコさんは、「あの日、私は○×中の生徒となった。」
で始まってるし、私が当時かなりファンだった井上くんに至っては
すごいとしか言いようがない。
要するに、彼はつらつらと書いている割に何も書いていないのだ。
彼の文章のレジュメは次のとおり。
京都・奈良へ行く目的は人それぞれ。
一年生の遠足は行けなかった。
卓球部で三年になってから初めて出場した大会で見事、初戦敗退。
担任のみよ子先生はやさしい。
彼もおそらく私と同様に、なんてことのない思い出に溢れ、
自分に辿り着くまでにぐーんと迂回しなければならなかったのだろうと思った。

わたしはというと、クラスの何でもベスト3というコーナーで、
ひそかに日記をつけている人で第二位だった。
ってか、ひそかにじゃなくて、実際、つけてたよ!と今更ながら思う。

そして、わたしの文章は連想ゲームで、何でこんな取るに足らない事柄を、
いつまでも残したいと思ったんだろうというくらい、
どうでもいい事柄に溢れ、でも、きっとそれは、
何か大きなイベントの感動を残すんじゃなくて、すべての小さな事柄にも
同様に価値を与えたかったのだろうと思い、じーんと来た。
今も昔もいっしょだ。

投稿者 aikopa : 8:39 PM

May 15, 2007

さっきまで、ネットに繋がらなかった

srvcarea.jpg

ネットに繋がらないと、こんなにも時間がゆっくりと過ぎていくとは
思ってもみなかった。
ローマ字で日本語訳をつけるのが面倒になり、ぺんてるにまだ
読めないだろうから、書くのやめると書いたら、昨夜、
今は読めないけど、読めるようになったら、全部読み返すと
言っていて、う、すげぇと思った。
私は読み返すなんてこと考えてもみなかったのだ。
そもそも、そういう発想がない。
復習もしないし、手紙も読み返したりしない。でも、たまに、
自分の書いた日記とかそういう文章を読み返したりするけれど、
やはりそれもまた全部ではなくて、全部読み返す前に私は、
わたしの気分はきっと、いっぱいに満たされてしまうのだろうと思う。
もし読み返したら、きっと、懐かしいとか、嬉しいとか悲しいとか
寂しいとか、そういう、分かりやすい感情じゃなくて、もっとちっこい
毛むくじゃらみたいなやつが、わらわらわらとやってきて、
いつの間にか私のまわりを取り囲んで、
素敵なサンバを踊りだすのかもしれないと思った。

それから、オーストラリアでカンガルーが大量に駆除される
計画についてのニュース。写真はドイツ動物園のものだったのだが、
なんだろう、そこに写されたカンガルーの目が、
おら、知らんー、シランハという感じで、いい。いいね。と思った。
きっと、旅に出る角ちゃんの後ろを、こんなやつらがぼんやり見てたりする。
わたしもきっと見てたりする。それで、ぱっと我に返ったときに、
おら、知らんーと目が合ったりする。
そんなことばかり、ぼんやり考えていた。

投稿者 aikopa : 11:16 PM

May 13, 2007

自分の日本語が片言になる

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私が片言になってどうする。とは思うもの、最近の私は片言だ。
昔のエディ・マーフィーの吹き替えをやっていた、下條アトムさんの
ようになっている。
やはり、ローマ字がいけない。ローマ字は人を片言にする。
この前、姉に会った時に、一ヶ月近く私は何も書いていないと言ったら、
今は書く時じゃないんだよ。という言葉をかけてもらい、私は大いに安心した。
大船に乗り込んだ気持ちで、大海原をさまよっていこうと思う。
そして、何ヶ月経っても読み終わらない赤瀬川原平のエッセイを読む。少しだけ。
テポドンを発射した時、北朝鮮では、「道は険しくとも、笑って進もう」
「革命的楽観主義」というスローガンがバスの横っ腹に掲げられていたという。
イバラの道も高速道路。みたいなノリだと思った。
この言葉をいち早く、角ちゃんに伝えなくてはと思ったのに、
すっかり忘れて今日に至る。
写真は水たまりの水を飲む。まだら模様がかわいい。

投稿者 aikopa : 10:38 AM

May 9, 2007

どうやら○と濁点がごちゃごちゃになっている

最近、ぺんてるが少し上達して、日本語の例文をひらがなとかで
送ってくれるようになった。
で、どうも○と濁点がごちゃごちゃになっている。
パリのことをバリと何度も間違えていた。それは、違うところだ。と思った。
一瞬、腰蓑を着けた褐色の肌をした人々が踊りだしそうになる。

で、こんな間違いをしていたわけじゃないんだが、○と濁点がごちゃごちゃに
なるってことは、こんなことにもなる。と思った。

大使館にピザを取りに行く。

なんか、何をしに行ったか忘れて、お腹だけおいしくなって帰ってきた。
みたいな。

投稿者 aikopa : 11:27 PM

May 8, 2007

びっくりマークにびくつくわたし

最近のたらい、たわし。
おねいちゃんたちが帰った後、ほっとしたのか、リンパ腺が腫れる。
で、治すにはどうしたら良いか調べようとして、扁桃腺で検索する。あちゃー。

どうしても、なじめないものがある。
初対面の人とのメールで顔文字を使用すること。全然使用しないわけではない。
相手が顔文字をフレンドリーに使ってくれているのだから、
こちらも誠意を示して、使わなければと思うのだが、
画面のこちら側で笑ってもいないわたしが、このたわしが、
笑っている顔文字をぽっと付けるのは、やはり抵抗がある。

あと、!。びっくりマーク。ひとつなら、わたしは元気な人だな程度である。
!!!
これになると、もうだめだ。おどろきすぎだ。
あるいは、!によって、もし声の大きさが表されているのだとしたら、
声が大きすぎる。お、怒ってる?と思ってしまう。
第一印象が怒ってる。だ。
!びっくりマークにびくつくわたし。
いつか、!の連続が風にそよぐ小麦畑の穂のように見られるようになったら、
と思う。そのたなびく穂の上をすいーっと渡ろうではないか。

投稿者 aikopa : 7:56 AM

May 3, 2007

彼女もまた死の淵で、うぃーわっぱっぱっぱ

ジャニス・ジョプリンの「メルセデス・ベンツ」はという歌がある。
私はベスト盤に収録されているデモ・バージョンしか聞いたことがなく、
その印象ばかり強かった。今にも死にそうな、人がアカペラで歌っている。
そんな生命の線香花火の最後の、きらめきのようだった。
実際、その数日後にドラッグの過剰摂取で他界するわけなのだが。
だから、ずっと、そんな、ちょっと哀しいような、悲痛なイメージばかりがあったのだけれど、
昨日、見つけたこの曲のカバーは違った。
うぃーわっぱっぱっぱ、うぃーわっぱっぱっぱ。って歌ってる。
英語もどこかつたなくて、なんだか楽しそうだった。
死とかそういう問題の向こう岸にいる。そんな気がした。
と思い、ジャニス・ジョプリンのバージョンも探したら、あって
そしたら、それも、うぃーわっぱっぱっぱって言ってて、あれ?と思った。

投稿者 aikopa : 12:28 PM
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